2017年11月16日木曜日

拉致40年 横田早紀江さんが「政府は全力の取り組みを」と

 中学1年生だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて15日で40年が経ちました。消息不明になってから約20年余りは何が起きたのか皆目見当がつかない状態でしたが、小泉内閣の時に北朝鮮に拉致されたことが明らかになりました。このことについても、国がしっかりしてさえいればもっと早く解明されたはずで、その間の怠慢も許されるものではありません。
 しかし、それから既に15年以上が経っているのに何一つ進展していないのは一体どういうわけなのでしょうか。拉致被害家族の皆さんは文字通り一日千秋の思いで帰国する日を待ち侘びているのを為政者は知らないようです。知っていて放置しているのであれば、人間としての根本的資質に問題があります。
 当時「自分が拉致問題を解決する」と公言した安倍首相は、今もなお拉致被害家族の皆さんにそう語り、「自分以外には解決出来ない」とまで高言しているということですが、それならこの十年間 何一つ進展しないのは何故なのでしょうか。


 15母親の早紀江さん81歳)が父親の滋さんとともに記者会見し、政府に対して
「40年たっても何も分からない状況で、(解決すると約束した政府を)信じてよかったのかという思いが家族の中にもあります。本気になって被害者を助け出してほしい」
と求め、めぐみさんに対しては、
「こんなに長くかかれば体も弱ってきますので、元気な間に、意識があるうちに、『めぐみちゃん』と声をかけてあげたい。今、めぐみちゃんには『とにかく病気をしないで元気でいてください。お父さんお母さんは弱ってきていますが最後まで頑張るから』と伝えたい」
と話しました。

 なお、拉致被害「家族の会」とは別に「救う会」という組織があるのですが、それは単に熱狂的に安倍晋三氏を信仰するだけの会で、なんと事実上「家族の会」を監視する組織になっています。実際に早紀江さんがキリスト教の「信仰の会」で発言する場にまで参加して、発言の内容にもいちいち干渉しています
 そういう状況の中で、「政府を信じてよかったのかという思いが家族の中にある」という趣旨の発言をしたのはよくよくのことです。 
 (同  上)

 85になった父親の滋さんは体調が悪く、会見終了間際に何かを訴えようとしましたが、声が小さく早紀江さんにもうまく聞き取れなかったということです。
 会見が終わると早紀江さんは滋さんの体を支えながら会見場を後にしました。

 NHKの記事を紹介します。
 末尾の「ご家族の切迫感 政府も共有」の項目に菅官房長官のコメントが載っています。無意味なコメントを敢えて削除しなかったのは、その何とも空虚な言葉の羅列を確認して欲しかったためです。
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横田めぐみさん拉致40年 早紀江さん「政府は全力の取り組みを」
NHK NEWS WEB 2017年11月15日
中学1年生だった横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されてきょうで40年がたちました。記者会見した母親の早紀江さんは「元気な間に、意識があるうちに、『めぐみちゃん』と声をかけてあげたい」と話し、政府に全力の取り組みを求めました。
横田めぐみさんは、昭和52年11月15日、中学1年の時に、新潟市の学校から帰る途中、北朝鮮に拉致されました。
15日で40年がたつのに合わせて母親の早紀江さん(81)が記者会見し、会見には、14日、85歳の誕生日を迎えた父親の滋さんも同席しました。

この中で早紀江さんは、40年がたったことについて「近くの国にいるのに、どうしてこんなに長い間、助けてあげられないのだろうという思いが大きくなっています。『あしたは帰ってくるかもしれない』と思って頑張ってきましたが、姿さえ見えません」と語りました。
そのうえで「政府は一生懸命、知恵を練って頑張って下さっていると思いましたが、40年たっても何も分からない状況で、信じてよかったのかという思いが家族の中にもあります。本気になって被害者を助け出してほしい」と求めました。
そして、「こんなに長くかかれば体も弱ってきますので、元気な間に、意識があるうちに、『めぐみちゃん』と声をかけてあげたい。今、めぐみちゃんには『とにかく病気をしないで元気でいてください。お父さんお母さんは弱ってきていますが最後まで頑張るから』と伝えたい」と話しました。

めぐみさんの両親 老いとの戦い
めぐみさんの救出活動に人生の半分近くをささげてきた両親。この間、2人が全国を回って続けてきた救出を訴える講演は1400回を超えます。帰国を信じて、転居のたびに娘の住民票を移してきた両親のもとには、先月の衆議院選挙でも、めぐみさんの名前が記された投票所の入場券が届きました。

しかし、めぐみさん不在の時間は15日で40年を数えました。父親の滋さんは14日で85歳。母親の早紀江さんも81歳になり、2人そろっての遠方での講演は去年3月を最後にできなくなっています。特に、これまで活動の先頭に立ってきた滋さんは、足腰が衰え、立ったり歩いたりする時に支えが必要になりました。会話にも詰まるようになり、今は週に数回、デイサービスに通っています。
「今が体力的にいちばんしんどいです。拉致という重い問題を背負いながら、お父さんが弱ってくるとその分もやらないといけない。限界があるなと感じています」。気丈に振る舞ってきた早紀江さんの口からも、こうした言葉が出るようになってきました。

国内外の政治情勢のはざまで長い間ほんろうされ続けてきた両親。緊迫化する北朝鮮情勢も気がかりな点です。
「被害者には元気でいてほしいので、安倍総理とトランプ大統領がなんとか戦争が起きないように考えていただき、ぎりぎりのところでよい知恵が与えられて解決に向かってほしい」。こう話した早紀江さん。9日、キリスト教の集まりに参加し娘の帰国を祈る姿がありました。
もうすぐ解決するんじゃないかと祈りながら待ち望んでいます。もう涙は枯れ果ててしまい、いつも目薬をさしているような状態です。本当に喜びの大泣きをしたい、皆さんに喜んでいただきたいと思っていますので、どうかこれからもお祈りください」。
老いという現実に直面しながら、両親の闘いは41年目に入ります。

公開写真に込められた父の思い
  (中 略)

「ご家族の切迫感 政府も共有」
菅官房長官は、午後の記者会見で、「北朝鮮による拉致が発生してから長い年月が経っており、2002年に帰国した5人を除き、いまだに拉致被害者の皆さんの帰国が実現しないのは痛恨の極みだ。ご家族も高齢化して一刻の猶予もない状況で、解決を強く求めるご家族の切迫感というものを政府としても共有している」と述べました。

そのうえで、菅官房長官は「拉致問題を安倍内閣の最重要課題と位置づけ、安倍内閣で解決するという考え方にいささかも揺るぎはない。政府としては、引き続き北朝鮮に対しストックホルム合意の履行を求めつつ、1日も早いすべての拉致被害者の帰国を実現すべく、あらゆる努力を傾注していきたい」と述べました。