2017年4月1日土曜日

共謀罪法案の国会上程に対する日弁連会長声明(及び同意見書)

 31日、日弁連の「いわゆる共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案の国会上程に対する会長声明」が出されましたので紹介します。
 声明は、「共謀罪法案の問題点は本年月17日の日弁連意見書で述べたが、上程された法案を見るとその問題点は全く解消されていない」として、法案に強く反対するとしています。
 同意見書との関係は、意見書は反対理由を詳述したものであり、声明はその要旨を述べたものと言えます。従って意見書も併せて紹介します。
 意見書は11ページ・1万400字に及ぶ長文のものであるため一部を省略しました。詳細は、原文にアクセスしてご覧になってください。
※ いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書
 会長声明では原文は、日付、肩書、氏名が末尾に示されていますが、ここでは便宜上タイトルの下に持ってきました。
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いわゆる共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案の国会上程に対する
会長声明
  2017年3月31日
日本弁護士連合会 
 会長 中本 和洋
政府は、本年3月21日、いわゆる共謀罪の創設を含む組織的犯罪処罰法改正案(以下「本法案」という。)を閣議決定し、国会に本法案を上程した。
 
 当連合会は、本年2月17日付けで「いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書」(以下「日弁連意見書」という。)を公表した。そこでは、いわゆる共謀罪法案は、現行刑法の体系を根底から変容させるものであること、犯罪を共同して実行しようとする意思を処罰の対象とする基本的性格はこの法案においても変わらず維持されていること、テロ対策のための国内法上の手当はなされており、共謀罪法案を創設することなく国連越境組織犯罪防止条約について一部留保して締結することは可能であること、仮にテロ対策等のための立法が十分でないとすれば個別立法で対応すべきことなどを指摘した。
 
 本法案は、日弁連意見書が検討の対象とした法案に比べて、①犯罪主体について、テロリズム集団その他の組織的犯罪集団と規定している点、②準備行為は計画に「基づき」行われる必要があることを明記し、対象犯罪の実行に向けた準備行為が必要とされている点、③対象となる犯罪が長期4年以上の刑を定める676の犯罪から、組織的犯罪集団が関与することが現実的に想定される277の犯罪にまで減じられている点が異なっている。
 
しかしながら、①テロリズム集団は組織的犯罪集団の例示として掲げられているに過ぎず、この例示が記載されたからといって、犯罪主体がテロ組織、暴力団等に限定されることになるものではないこと、②準備行為について、計画に基づき行われるものに限定したとしても、準備行為自体は法益侵害への危険性を帯びる必要がないことに変わりなく、犯罪の成立を限定する機能を果たさないこと、③対象となる犯罪が277に減じられたとしても、組織犯罪やテロ犯罪と無縁の犯罪が依然として対象とされていることから、上記3点を勘案したとしても、日弁連意見書で指摘した問題点が解消されたとは言えない。
 
 当連合会は、監視社会化を招き、市民の人権や自由を広く侵害するおそれが強い本法案の制定に強く反対するものであり、全国の弁護士会及び弁護士会連合会とともに、市民に対して本法案の危険性を訴えかけ、本法案が廃案になるように全力で取り組む所存である。
 
 
いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する意見書
2017年(平成29年)2月17日
日本弁護士連合会
第1 意見の趣旨
当連合会は,いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する。
 
第2 意見の理由
1 共謀罪法案の国会への再提出
      (省 略)
2 共謀罪法案の概要
これまでの報道及び本国会における審議を踏まえ,本国会に提出されることが想定される法案(以下「共謀罪法案」という。)は,現行の「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律」(以下「組織的犯罪処罰法」という。)の第6条の2に「テロ等準備罪」を創設し,組織的犯罪集団の活動として,組織により行われる重大な犯罪の遂行を2名以上で計画した場合で,計画に係る犯罪の実行のための資金又は物品の取得等の準備行為が行われたときに処罰するとされている。
そして,共謀罪法案は,3つの厳しい要件(①犯罪主体を「組織的犯罪集団」に限定,②「計画」の存在,③「準備行為」を処罰条件とする)を規定しており,人権の侵害や恣意的な取締りにはつながらず,これまでの批判は回避されているとしている。
 
3 共謀罪法案の基本的な問題点
(1) 共謀罪法案は,現行刑法の体系を根底から変容させるものとなること
現行刑法は,犯罪行為の結果発生に至った「既遂」の処罰を原則としつつ,例外的に,犯罪の実行行為には着手されたが結果発生に至らなかった「未遂」について処罰する(刑法第44条)という体系から構成されている。「未遂」の前段階である「予備」(犯罪の実行行為には至らない準備行為のこと),さらにその前段階である「陰謀」(2人以上の者が犯罪の実行を合意すること)が処罰の対象とされる場合もあるが,これら「予備」や「陰謀」は各罪の中でごく例外的に処罰対象とされているにとどまる。この点は,現行刑法典だけでも,「既遂」が200余り規定されているのに対して,「未遂」は60余り,「予備」は10余り,「陰謀」はわずか数罪にとどまることからも明らかである(なお,共謀罪法案の対象となる犯罪は刑法典に規定された犯罪に限定されるものではないが,刑法典が刑罰の基本法規であることから,ここでは,刑法典に規定されている犯罪類型を例に挙げて検討している。)。
しかし,共謀罪法案の構成要件である「計画」は,現行刑法でみると「陰謀」とほぼ同義であると解されるので,共謀罪法案が成立すると,長期4年以上の刑が定められた犯罪については,「未遂」はおろか,「予備」にすら到っていない「陰謀」の段階で,犯罪が一律に成立することになる。現行刑法典でみると,長期4年以上の刑が定められた犯罪が100近くあることから,「陰謀」の段階において処罰の対象とされる犯罪が100近く出てくることになるが,これは「未遂」の60余りを優に超えている。しかも,これら100近くの犯罪の中には,その「未遂」が処罰されないものが約半数含まれており,「未遂」が処罰されないにもかかわらず,「陰謀」の段階で処罰されることとなる犯罪が約半数出てくることになる
このように,「計画」を要件とする共謀罪法案が成立した場合には,「既遂」の前々々段階において国家による刑罰権の発動がなされることとなる。しかし,「陰謀」の段階における法益侵害の危険性は,犯罪の実行に着手したが結果が発生しなかった「未遂」の場合に比すれば類型的にはるかに低く,それゆえに現行刑法上は「内乱」,「外患誘致・援助」,「私戦」等ごく限られた結果が極めて重大な犯罪についてのみ「陰謀」を処罰することとしているのであって,「陰謀」と同様の意味を有する「計画」について「未遂」の場合と同程度の(処罰の対象となる個数から言えば,それ以上の)刑罰権の発動が正当化されるとは考えられない
 
(2) 共謀罪法案においても,犯罪を共同して実行しようとする意思を処罰の対象とする基本的性格は変わらないと見るべきこと
上述のとおり,共謀罪法案は,前述のとおり3つの厳しい要件を規定しており,恣意的な取締りにはつながらないと説明されている。
しかし,これらの構成要件ないし処罰条件は,犯罪の対象を限定する機能を適切に果たすことができないおそれがあり,共謀罪法案は,依然として,犯罪を共同して実行する意思を処罰の対象とするものと評価されてもやむを得ないものである。以下,理由を述べる。
 
① 「組織的犯罪集団」と規定しても犯罪主体が適切に限定されないこと
共謀罪法案は,犯罪主体を「組織的犯罪集団」(団体のうち,その結合関係の基礎としての共同の目的が「重大な犯罪」(長期4年以上の自由を剥奪する刑又はこれより重い刑を科することができる犯罪)又は国連越境組織犯罪防止条約が定める犯罪を実行することにあるもの)と規定し,それらの行為を実行するための組織により行われるものの遂行を二人以上で計画した者を処罰するとするものである。したがって,犯罪主体となり得るのは,テロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等に限定され,通常の市民団体や労働組合等の活動が処罰の対象となることはない,と説明されている。
しかしながら,例えば,組織的犯罪処罰法は,「団体」について「共同の目的を有する多人数の継続的結合体であって,その目的又はその意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復継続して行われるもの」(同法第2条第1項)と規定する。また,暴力団員の行う暴力的要求行為等の規制を目的として制定された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」は,「暴力団」について,「その団体の構成員(その団体の構成団体の構成員も含む。)が集団的に又は常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体」(同法第2条第2号)と規定する。さらに,「破壊活動防止法」は,「団体」について,「特定の共同目的を達成するための多数人の継続的結合体」とそれぞれ定義している(同法第4条第3項)。
このように,主体を暴力団員等に限定したいのであれば,「組織的犯罪集団」の定義において,これらの法律に準じて,「常習性」,「反復継続性」等の要件が付加,明記されてしかるべきである。しかしながら,共謀罪法案の主体についてこのような要件の縛りはなく,主体がテロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等の構成員に限定されている趣旨を読み取ることはできない。
また,「組織的犯罪集団」かどうかが問題となるのは,あくまで犯罪の共謀を行った時である。したがって,もともと適法な活動を目的とする市民団体や労働組合等がある時点で違法行為を計画した場合も,その時点で法の定義する「組織的犯罪集団」となったと解釈できる余地を残している。
そして,共謀罪の適用が問題となるのは,団体が組織として犯罪行為実行することを共謀(共謀罪法案では「計画」)した時点であるから,もともと適法な活動を目的とする団体であったとしても,共謀の時点では「組織的犯罪集団」と認定され,共謀罪の対象とされる危険性が十分ある。現に,最高裁平成27年9月15日決定は,組織的犯罪処罰法に定める「団体」について,当初は適法な活動を行っていた会社であっても,その後の活動によっては要件を充足することを認め,さらに,当該会社の従業員の中に犯罪行為に加担していないものがいたからといって別異に解する理由はないとしている。
このように,「組織的犯罪集団」を「共同の目的が犯罪を実行することにある団体」と定義しても,テロ組織,暴力団,薬物密売組織,振り込め詐欺集団等に限定される保証はなく,通常の市民団体や労働組合が処罰の対象とされる可能性があり,主体の限定は政府が言うように有効に機能するとは期待できない
 
② 「計画」の要件が存在しても犯罪の成立が適切に限定されないこと
共謀罪法案は,「計画」という要件により,処罰の対象となるのは,犯罪の実行を目的とする合意が具体的・現実的になった段階に限定され,そのような段階に達成していない合意は処罰の対象とされないものとされている。
しかし,「計画」とは,目的を達成するためにあらかじめ考えた方法・手段・手順等をさす用語とされているが,実質的には合意を言い換えたものであり,この文言だけからは,合意の具体性・現実性までが要求される趣旨は読み取れず,犯罪の成否を分かつ分水嶺として機能するとは思われない。
 
③ 「準備行為」の要件は適切に機能しないこと
共謀罪法案は,計画(合意)のみならず,当該犯罪の実行の「準備行為」がなされることを処罰条件として付加されており,内心や思想を処罰するものではない,とされている。
しかしながら,今回,「準備行為」の例として,資金又は物品の取得が例示されていることから分かるように,準備行為自体は,予備罪や準備罪における予備行為又は準備行為のように,その行為自体が結果発生の危険性を帯びる行為とはされておらず,計画に基づく行為(その行為は,我々が日常生活において通常行っている行為でも構わない。)が外部に現れれば,処罰条件は具備されたことになると理解される。
また,「準備行為」は処罰条件に過ぎないため,「計画」の時点から犯罪の嫌疑がありとして犯罪捜査の対象となり得る。
そうすると,「準備行為」がなされたことを処罰条件とするとしても,共謀罪法案は,依然として,犯罪を共同して実行する意思を処罰の対象としていることと実質的には変わらないと言わざるを得ない
 
④ 構成要件の人権保障機能が阻害されるおそれがあること
現行刑法は,法律において構成要件を明記し,構成要件に該当しない行為については処罰の対象とせず国家の刑罰権の発動を抑制することによって,構成要件に人権保障機能を持たせている。現行刑法体系における構成要件は,外部に現れた人の「行為」のうち,法益侵害又はその危険性のあるものを個別・具体的に抽出して規定し,処罰の対象となる行為とそうでない行為が明確に区分されることから,構成要件は人権保障機能を果たしているとされる。ところが,共謀罪法案が成立すれば,「犯罪を実行する意思」の合致にほかならない「計画」が構成要件となり,しかも,これは外部から伺い知ることは困難であるから,犯罪の成否を区別するための構成要件の人権保障機能が十分に機能しないこととなりかねない。
 
⑤ まとめ
以上のとおりであって,共謀罪法案において3つの要件が付加されたとしても,従前の共謀罪法案と同じく,犯罪を実行しようとする意思を処罰の対象とする姿勢に変化はないものと見るべきである。
 
(3) 罪名を「テロ等準備罪」と改めても,監視社会を招くおそれがあること共謀罪法案は,その呼称が「テロ等準備罪」とされていることから(さらに,上記(2)に記載の要件を付加することによって),この罪がテロその他の組織犯罪にしか適用されず,市民運動,労働組合活動等には適用されない,と説明されている。
しかし,共謀罪法案の構成要件は上述のとおりであるところ,この構成要件から,共謀罪法案がテロ等に対してのみ適用される犯罪類型であることは読み取れない
加えて,共謀罪法案が成立すれば,犯罪を共同して実行する意思の合致である「計画」が重要な構成要件となるところ,人と人とが犯罪を遂行する合意をしたかどうかや,その合意の内容が実際に犯罪に向けられたものか否かの判断は,犯罪の実行が着手されていない段階では,事柄の性質からして極めて困難である。したがって,犯罪の成否を明確にし,人権保障を担っている構成要件が機能せず,検挙しようとする捜査機関の恣意的な判断を容れる余地が出てくる。
また,「計画」(合意)は人と人との意思の合致によって成立する。したがって,その捜査手法は,会話,電話,メール等の人の意思を表明する手段及び人の位置情報等を収集することとなる。既に通信傍受やGPS(グローバル・ポジショニング・システム)による捜査が行われているところ,共謀罪の捜査のためとして,新たな立法により,更なる通信傍受の範囲の拡大,会話傍受,更には行政盗聴まで認めるべきであるとの議論につながるおそれがある。このような捜査手法が認められたなら,市民団体や労働組合等の活動を警察が日常的に監視し,行き過ぎた行動に対して,共謀罪であるとして立件するおそれもあり,市民の人権に少なからぬ影響を及ぼしかねない
 
4 国連越境組織犯罪防止条約との関係
(省 略)
概要 わが国では既に「予備」,「陰謀」,「準備」の段階の処罰立法が既になされていることテロ対策のための立法がなされてきたこと条約の一部留保を行う余地があることテロ等対策の必要性があれば個別・具体的な立法で対応すべきであること であることにより、共謀罪法案を創設することなく国連越境組織犯罪防止条約締結することは可能であると述べています
 
5 結論
以上述べたとおり,テロ対策自体についても既に十分国内法上の手当はなされており,テロ対策のために政府・与党が検討・提案していたような広範な共謀罪の新設が必要なわけではない。また,国内法の整備状況を踏まえると,共謀罪法案を立法することなく,国連越境組織犯罪防止条約について一部留保して締結することは可能である。
もし,テロ対策や組織犯罪対策のために新たな立法が必要であるとしても,政府は個別の立法事実を明らかにした上で,個別に,未遂以前の行為の処罰をすることが必要なのか,それが国民の権利自由を侵害するおそれがないかという点を踏まえて,それに対応する個別立法の可否を検討すべきであり,個別の立法事実を一切問わずに,法定刑で一律に多数の共謀罪を新設する共謀罪法案を立法すべきではない。
よって,当連合会は,いわゆる共謀罪を創設する法案を国会に上程することに反対する。