2017年2月14日火曜日

14- 保護主義への流れはこれから本格化する

 トランプ米大統領誕生でにわかに「保護主義」が注目されました。
 現状はそれを非難しグローバリズムへの回帰を主張する声の方が圧倒的ですが、5年前からグローバル化は終焉し、保護主義への流れが必然であると予言した学者がいました。
 日刊ゲンダイがその柴山桂太京大大学院准教授にインタビューしました。
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   注目の人 直撃インタビュー  
本格化する保護主義への流れ 柴山桂太氏「トランプは前座」
日刊ゲンダイ 2017年2月13日
 英国のEU離脱に続くトランプ米大統領誕生で決定的となったグローバリズムの限界。「保護主義」へ舵を切った米英両大国の潮流を、5年も前に見通していた気鋭の学者がいた。2012年に出版した「静かなる大恐慌」(集英社新書)で、EU崩壊やグローバル化の終焉を“予言”していたのが、京大大学院准教授の柴山桂太氏だ。世界の「保護主義」への流れはもう止まらないのか、日本はどうしたらいいのか――。
 
――“予言”が的中しましたね。
 こういう問題を考えるようになったのは10年ほど前からでした。当時、世間では、これから国家はなくなる。地球規模で経済、文化、政治は一体化する。国境は意義を失う。そういう考え方が支配的でした。いわゆる「グローバル化」です。日本ではEUが評価されていて、「我々が進むべき道」などと言われていました。しかし、文化が異なる欧州の国々が経済だけを一体化してうまくいくのか、コントロールできるのかと感じていました。
 
――それでグローバル化の研究を始められたのですね。
 グローバリゼーションというのは簡単に言うと、モノ、カネ、ヒトの流れが活発化すること。言い換えれば、貿易、投資、移民が国境を越えて移動する現象です。最近は「グローバルヒストリー」と言われますが、海外の歴史書を読むと、人類社会はグローバリゼーションを繰り返してきたことが分かります。大航海時代にはヨーロッパの商人や宣教師がアメリカ大陸やアフリカ大陸、アジアに来て、鉄砲を売り込んだり、キリスト教を広めたりした。当時の日本も南蛮貿易が盛んで、商人たちが東南アジア経由でヨーロッパとも交易していました。今風に言えばグローバル化していたわけで、その後、徳川幕府の時代に入り、徐々に鎖国へと向かいました。そして、明治維新になり、再びグローバル化の流れと結びついた。つまり、グローバリゼーションというのは、その時代の状況によって拡大したり、縮小したりするのです。
 
――グローバル化と保護主義が交互にやってくるということでしょうか。
 グローバル化の時代は、先進国の資本や技術を取り入れて工業化を進めて発展する国が出てきます。つまり、国家の力関係が変わる。約100年前のグローバリゼーションの時代も、覇権国だった英国が衰退し、米国や日本が台頭した。現代のグローバリゼーションも同じで、中国やインドなどが猛烈な勢いで輸出を増やす一方、米国や日本は衰退傾向です。つまり、グローバル化というのは長続きせず、ある時点から崩壊に向かう。前回のグローバリゼーションは崩壊後、保護主義、ブロック化が進み、最後は戦争が起きました。2度の大戦はいわば「グローバル・ウオー」です。戦後は各国が貿易や資本の移動を制限し、人の行き来も制限したりして「壁」をつくった。1970年代ごろから段階的に自由化していくことになったのです。 
 
EUは間違いなく「分裂」に向かう
 
――グローバル化の後は保護主義へと向かう。「米国第一主義」を唱えるトランプ大統領の出現も時間の問題だったわけですね。
 米国では08年、リーマン・ショックというバブル崩壊が起きました。バブル崩壊は過去の日本を振り返れば分かる通り、ものすごく経済が傷みます。米国経済は遅かれ早かれ長期停滞期に入ると思いました。前回のグローバリゼーションが終わった1930年代の状況と同じで、経済が長期停滞すると、国民の不満は政治体制へと向かう。グローバル化よりも、まずは国内産業、雇用を守るべきだという声が必ず上がるからです。米国は今のようなグローバル路線を続けられず、衰退の動きを止めるための戦略を取ることは容易に想像できました。そういう大転換が近いうちに起こり得ると思っていました。
 
――“予想”通り登場したトランプ政権ですが、支持率4割台で、早期退陣もささやかれています。
 相当甘い考えでしょう。オバマ政権では失業率が大幅に下がり、景気も順調に回復していました。うまくいっていたにもかかわらず、なぜ、米国民がトランプ大統領を選んだのかを考えるべきです。単に経済的な問題だけではなく、自分たちの声が政治に届かない。移民が増え過ぎて国家としてのまとまりを失い、大国としての地位が中国に脅かされている――といった全般的な不満が背景にあるわけです。たとえ、トランプ政権が倒れても次の大統領もトランプ路線を引き継ぐでしょう。トランプ大統領は失敗するかもしれませんが、これから米国で本格的に始まる「保護主義」の前座であって、次の大統領がグローバリズムに戻ると安易に考えない方がいい。「米国第一主義」の路線を引き継ぐ人物が出てくるはずです。
 
■前回の脱グローバルも英米から始まった
――英国のEU離脱の原動力も「保護主義」を求める声でした。
 EUは通貨統合して経済を一体化しましたが、通貨を統一すると、国による競争力の差が如実に出ます。日本の都道府県を例に挙げると、東京は黒字ですが、地方は赤字の自治体がほとんど。日本の場合は財政(地方交付税)で調整できますが、EUの場合、(イタリアなどの)赤字国はそれぞれ頑張って努力して、という仕組みです。97年のアジア通貨危機では、世界中のカネがアジアに流れ込んでバブルを引き起こして通貨が暴落し、それが世界中に拡散した。EUも同じで、経済だけを一体化しても体制を維持するのは困難なのです。
 
――世界は英米のポピュリズム(大衆迎合主義)を不安視しています。
 グローバリゼーションが今のような形で続く限り、ポピュリズムは一時的な現象では終わらない。EUについても、ほぼ間違いなく「分裂の圧力」が止まることはない。なぜなら、先ほども言ったように、危機の時代になると、国民は自国の政府に救済を期待する。にもかかわらず、EUは共通の仕組みをつくるために各国の主権を制限しているからです。移民を制限したいと国民が思っても、自国政府の判断ではできない。失業者対策で財政出動しようと考えても、EUのルールでは簡単にできません。EU加盟国はいずれ英国のように国民主権、国家主権を取り戻す、という方向に向かわざるを得ません。
 
――そんな中、日本の安倍首相は施政方針演説で「自由貿易の重要性」を強調していました。
 脱グローバル化の動きが英国と米国で始まったのは象徴的です。前回の脱グローバル化も英国と米国で始まりました。大恐慌の後、英国は自分たちでつくった金本位制という当時のグローバル化の仕組みを真っ先に抜け出した。自由貿易の崩壊が始まったのは米国が「スムート・ホーリー関税法」を作って関税を大幅に引き上げたためです。一方、当時の脱グローバル化に乗り遅れたのはドイツと日本で、とりわけ日本はいつも周回遅れです。今回も、グローバリゼーションは終わりに向かっているのに、いまだにTPPなどと言っている。リーマン・ショック後、先進国は対外直接投資を減らしているのに日本だけが増やしているのです。
 
■日本人はグローバル化に向いていない
 
――確かに日本国内では、英米の動きを「対岸の火事」のように捉えていますね。
 英国も米国も特異なナショナリストが扇動している――などと考えてはいけません。歴史が証明している通り、反グローバルの動きはいずれ日本にも出てきます。アジア経済で最も大きな存在感を持っている中国では今、輸出が止まり、内需拡大でばらまいた大量の資金によってバブル崩壊が始まっています。中国バブルの崩壊が本格化すれば、アジア全体に波及するのは避けられません。そうなればもっともダメージを受けるのは日本なのです。
 
――日本はこの先、どういう国家像を目指すべきだと思いますか。
 企業は足場である日本でしっかり雇用をつくり、マーケットを獲得していく。日本の消費者にとって望ましい商品やサービスを作り出す。そういう地道な方向に戻る必要があるでしょう。日本人はグローバル化に向いていない。まとまって知恵を出すことで強みを発揮する国民性です。裏返せば、脱グローバル化は日本人にとってチャンスかもしれないのです。(聞き手=本紙・遠山嘉之)
 
     ▽しばやま・けいた 1974年、東京都生まれ。京大経済学部卒業後、京大人間・環境学研究科博士課程単位取得退学。専門は経済思想、現代社会論。主な著書に「グローバル恐慌の真相」(集英社新書・中野剛志氏との共著)、「危機の思想」(NTT出版)、「成長なき時代の『国家』を構想する」(ナカニシヤ出版)など。