2016年9月7日水曜日

「2つのルートで安保法はひっくり返せます」と伊藤真弁護士

 憲法その他法学に関する多数の著書を持ち、伊藤塾司法試験など)を運営しながら、4月に「安保法違憲訴訟」を提起するなど、安保法制の違憲性を訴えている伊藤誠真弁護士が、日刊ゲンダイのインタビュー記事で、「2つのルートで安保法はひっくり返せます」と語りました。
 
 「安全保障のジレンマ」や、「憲法と現実のズレ」をどう考えるべきかについても触れています。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
           【 注目の人 直撃インタビュー 】
伊藤真弁護士「2つのルートで安保法はひっくり返せます」
日刊ゲンダイ 2016年9月5日
最後の砦は裁判所と国民の支持
 憲法違反の集団的自衛権の行使を容認した安保法が成立し、いよいよ自衛隊は南スーダンなどでの活動を活発化させる。それを阻止するには先の参院選で自公政権に鉄槌を下す必要があったのだが、結果は衆参で改憲勢力3分の2超を許してしまった。まともな国民はついつい絶望的になってくるが、この人は意気軒高だ。安保法での議論でも反対の論客として鳴らした弁護士が語る「この憲法を守る方法」――。
 
――安保法の議論の時はシールズを中心にあれだけ盛り上がった抗議運動も選挙結果にガックリし、最近は安倍一強支配体制にあきらめムードみたいなものが漂いますね。このまま、平和憲法は骨抜きにされるのかと思いがちですが、伊藤さんは闘われていますね。
 憲法を守るには、2つの「ルート」があると考えています。ひとつは政治ルートで、選挙によって政権交代を実現し、法律改正を促していくこと。もうひとつは司法のルートで、裁判所に「安保法制は違憲である」「それによって、精神的苦痛を強いられている」「国家賠償せよ」という訴訟を提起し、司法判断を仰ぐことです。私が共同代表を務める「安保法制違憲訴訟の会」は既に4月26日に東京地裁で第1次提訴を致しました。その後、福島や高知、大阪など計9カ所で違憲訴訟が提起されています。600人以上の弁護団、2000人を超える原告の方が声を上げています。
 
――大がかりですね。
 こういった訴訟を通じて、市民運動を活発化させていくことが何より重要なことだと思います。全国各地で市民運動の火種を絶やさないようにする。そうすれば、「政治ルート」にもつながっていきます。先の参院選では、野党統一候補を立て、1人区では善戦しながら、力及ばなかった。2年後の衆院選挙まで頑張って運動を継続しなければいけません。そのために政治ルートと司法ルートを一体化させて取り組んでいく。
 
――活動の手応えはありますか。
 裁判所はとても真摯に向き合ってくれています。この手の違憲訴訟は1回目の提起で門前払いということも多いんです。
 
――裁判の争点はどこになりますか。
 裁判所がどこまで安保法制に立ち入って判断を下せるか。政治が絡むと遠慮してしまうのが今までの裁判所の傾向で、法律が「憲法違反」だったという判決は、これまで10件しか下されていません。なぜこんなに少ないのか。内閣法制局が事前に法案をチェックしていたからです。法制局がチェックしていたからこそ、裁判所が事後的に審査し、法律が「違憲」であると判断を下す必要がなかった。ところが、今の法制局は政府の言いなりで、法の秩序を歪めてしまった。法制局は機能不全に陥っています。となると、憲法秩序を守るのは裁判所しかない。「最後の砦」になるのです。
 
破綻した抑止力も「道半ば」として軍備増強
――しかし、その裁判所も司法官僚ですからね。司法の独立が担保されているのか。懐疑的にならざるを得ません。
 そこで、国民の「支持」が大変重要になってくるのです。国民が、政府の言いなりのような裁判官を求めれば、裁判官もそういう方向に流れていく。逆の声が大きければ、そうはなりません。
 
――集団的自衛権の行使に踏み込んだ安保法は憲法に違反しているだけでなく、その際、政府が説明に使った「抑止力」も破綻していますね。中国や北朝鮮の挑発はエスカレートする一方です。
 安倍政権はアベノミクスの失敗を認めず、まだ「道半ば」だと強弁して、さらに推し進めようとしています。抑止力についても同じで、中国、北朝鮮の挑発には「まだ道半ばだから、攻められる」「もっとやらなければいけない」という論法を振りかざしている。この論法が正しければ、世界最大の軍事力を有する米国は世界最大の抑止力を持っていなければおかしい。米国民は世界で最も安全ですか。違うでしょう? 日本は今、こっちが強くなれば相手も負けずに強くなるという「安全保障のジレンマ」に陥っていることに気づくべきです。
 
――南スーダン情勢をどう見ていますか。日本は国連平和維持活動(PKO)参加について、停戦合意の成立や紛争当事者の同意、中立の立場の厳守など5つの条件を定めていますが、泥沼の内戦でむちゃくちゃです。それなのに、稲田朋美防衛相は「PKO法上の武力紛争は新たに生じておらず、紛争当事者がいるわけではない」と活動継続を明言しています。
 よくも、そんなことを言えたものです。原則も法律もありません。そこに今度は、憲法違反の安保法で「駆けつけ警護」などの任務を認め、武器の使用基準を拡大してしまったわけです。自衛官は今後、戦闘に巻き込まれ、犠牲者、もしくは加害者になる可能性がある。国民的な議論、合意もないまま現地に送られる自衛官の思いはいかばかりでしょうか。
 
――それこそ、精神的苦痛になる。そうした自衛官、あるいは家族が違憲訴訟の原告になりませんか?
 周到な政府は、家族が反対運動に参加しそうな自衛官は危ないところに行かせないんですよ。
 
――そこまでやっているんですか。それにしても、この政権には順法精神というものがあるのかどうか。そこからして疑いたくなりますね。
 憲法と現実がズレたから、「改憲しよう」と言い出すくらいですから、もともと憲法を守る気があるとは思えません。そもそも、憲法は現実とズレがあるから存在意義があるのです。例えば、憲法14条は法の下の平等を規定していますが、男女の差別はいまだ残っている。国民に健康で文化的な最低限の生活を送る権利を保障する憲法25条にしろ、現実とズレがある。憲法だけでなく、法律とはそういうものです。「泥棒をやれば刑罰に処す」と刑法235条は定めていますが、現実は泥棒はなかなか減りません。では、現実に合わせるために「泥棒は少しくらい許す」と、235条を変えますか。そんなわけありませんよね。「べき論」を示すのが法律であり、現実と食い違っていても何とか「べき」の方向に現実を近づけていくことが政治家の仕事です。安倍政権は、「少しくらい泥棒をしてもいいじゃないか」と言っているようなものです。
 
――その政権が、参院選で憲法改正発議が可能な3分の2の議席を獲得。憲法審査会などを含め、改憲のスケジュールが固まりつつあります。
「3分の2」にはそれほど大きな意味はありません。憲法改正というのは、具体的に「この条文を変えたい」と言って初めて発議します。例えば、「国防軍を創設したい」「教育費を無償化したい」などと、具体的なテーマに対して発議するのです。今の段階では、公明党などはさすがに軍隊を持つことに賛成するのは難しいのではないでしょうか。何となく「憲法を変えた方がいいんじゃない」という人が「3分の2」いるというだけではあまり意味がありません。
 
――それにしても、「憲法を守る」情熱、活動、凄まじいですね。その原動力は安倍政権の怖さですか?
 私は子供の頃、2年ほどドイツで生活しました。そのとき、「日本人としての誇りは何か」と考えました。西洋のマネをして、米国の二軍みたいな軍隊を持つことが日本人の誇りといえるのか。どこの国にもないような独自性を主張していくことこそ、日本人の誇りでしょう。それが憲法9条だった。武道には、武器を持っていなくても、その人の人格だけで相手に手を出させないような凄みがある。国家だって、そういうことはできるんじゃないか。それに何よりも自由で個性が尊重される社会。これが居心地が良くて、好きなんです。
(聞き手=本紙・小幡元太)
 
いとう・まこと 1958年、東京生まれ。東大法学部在学中の81年、司法試験に合格。翌82年に司法試験の受験指導を始める。95年に「伊藤真の司法試験塾(現伊藤塾)」を設立。昨年の安保国会では、さまざまな方面で違憲を訴えた。今年4月26日に「安保法違憲訴訟」を提起。9月2日に第1回口頭弁論を控える。憲法学者・長谷部恭男早大教授らが編集した「安保法制の何が問題か」(岩波書店)に青井未帆学習院大教授との対談を寄せている。