2015年12月4日金曜日

04- TPPの件で「マガジン9」が内田聖子氏にインタビュー(その2)

 「マガジン9」が、TPP問題に詳しい国際NGO「PARC」事務局長の内田聖子さんにインタビューした後半の部分を紹介します
 TPPの持つ巨大な負の側面について国民の大多数がまだ知らされていない問題が取り上げられ、アメリカでの反対運動の様子や今後反対のたたかいをどう進めて行けばいいのかについて語られています。
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内田聖子さんに聞いた(その2) (この人に聞きたい)
暮らしや安心より、利益優先? TPPが問うのは、「どんな社会を選択したいのか」
マガジン9 2015年12月2日up
関税だけでなく、サービスや投資の自由化、知的財産や食の安全の取り扱いなど、参加12カ国による幅広い分野での共通ルールを定めるTPP(環太平洋経済連携協定)。交渉内容は市民だけでなく、国会議員にさえも秘密のままに進められ、今年10月に「大筋合意」が発表、11月5日には協定文書(英語)が公表されました。
そもそも「国益がなければ脱退もあり得る」と言われていたTPP。果たして、本当にこのTPP参加に「イエス」と言えるのでしょうか?――国際NGO「PARC」事務局長の内田聖子さんにうかがいました。 
 
内田聖子(うちだ・しょうこ) NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)事務局長・理事。自由貿易、多国籍企業などの調査研究、政策提言、キャンペーンなどを行う。TPPに関しては国際NGOとして交渉をウォッチ、TPP反対の立場からの発言を行っている。「STOP TPP!! 官邸前アクション」呼びかけ人。
※このインタビューは2015年11月6日に行なったものです。 
 
「こんなはずじゃなかった」と気付いても手遅れ
編集部   前回は、情報公開が充分にされていないまま、TPPの批准が進められようとしているというお話をうかがいました。各分野から懸念があがっている割には、日本ではTPPの反対運動がいまひとつ広がっていない印象があります。他国での状況はどうなのでしょうか? 
内 田   議会での批准がもっとも難航するだろうと言われているのはアメリカです。IT、医薬品、農業など、アメリカはさまざまな業界からの要望をTPPに反映させようとしました。でも、すべては実現できていません。
    日本が譲歩をしたので、農業の輸出団体は結果に比較的満足しているといわれていますが、一方で製薬業界は特許期間の譲歩にかなり怒っています。製薬会社から献金を受けている議員が代弁者となって、「こんなTPPは絶対通さない」と言っており、議会ではもめることになるでしょう。アメリカだけでなく、他の国でも議会が通さないとなった場合には、協定内容の再交渉という可能性もでてきます。 
 
利益追求の企業に、最大の自由を与えていいのか?
編集部   アメリカでは、市民からの反対の声も大きいのでしょうか? 
内 田   非常に大きいです。日本と違うのは、環境や人権に関しての市民からの批判も強い点ですね。環境面でいうと、多国籍企業が、他国に進出して投資したり工場をつくったりする中で、現地で環境被害や健康被害を及ぼしたという事例はいくつもありますよね。
    たとえば、シェブロンというアメリカ石油会社が、アマゾンの川に廃棄物や原油を放出して、エクアドルの先住民たちに深刻な健康被害を起こしたことがありました。こうしたことが、環境団体による自由貿易への批判の理由になっているのです。このケースでは、シェブロン側に賠償金の支払いを求める判決が出たのですが、シェブロン側は賠償を逃れるために、反対にISDS条項を利用してエクアドル政府を訴えて、争いは20年以上も続いています。 
編集部   多国籍企業を相手に何十年も訴訟で闘い続けるのは大変なことでしょうね。他人事ではありません。 
内 田   人権問題に関していうと、たとえばマレーシアは、昨年アメリカ国務省が出した「人身売買報告書」で、シリアや北朝鮮と並ぶ最低ランクに位置づけられていました。強制労働のための人身売買が横行しているのに、政府が充分な対策をせずに放置しているからです。今年の5月には、人身売買被害者とみられる数百人の遺体も見つかっています。本来ならアメリカは経済制裁を行ってもおかしくないくらいです。しかし、そのマレーシアはTPPに参加している。このことで、アメリカの議会はすごくもめました。結局、今年公表された「人身売買報告書」では、状況が改善されていないにもかかわらず、マレーシアの格付けがひとランク上げられたのです。 
編集部   改善されていないのに? つまり、経済を人権問題より優先したということなのでしょうか。 
内 田   企業に最大限の自由を与えれば、利益の追求と引き換えに、環境を汚したり、人の健康を害したりする可能性があります。しかも儲からなくなったら、さっさとその国から撤退してしまえるわけですよね。反対しているアメリカの市民団体は、そうした「自由貿易協定の不正義」を批判しているのです。アメリカの利益うんぬんというだけの問題ではなくて、時間をかけて国際社会が確立してきた環境や人権や健康といった価値を、経済や貿易といったものの下に従属させるのかという問いかけです。こうした意見は、ヨーロッパではさらに強いです。 
編集部   ヨーロッパやアメリカには、そうやって反対運動を行う環境団体や人権団体があり、そして、それを支えている市民と、応援している議員がいるということですよね。 
内 田   そうです。日本では、政策提言や議員へのロビー活動をしている市民団体はまだ少ないので、こうした動きはイメージしにくいかもしれませんが、経済がグローバル化すればいいことばかりではなくて当然負の側面も出てきます。その影響を受けるのは弱い人たち。環境も同じです。そのことを放置して、ただひたすら「利益が生まれるから」と自由貿易を促進していくことに対して、「ちょっと待って」という批判の声が、さまざまな市民団体からあがっているのです。
 
市民からの反対が、議員を動かしている
編集部   日本では農業や食の安全のことばかりが取り上げられがちですが、アメリカでは反対運動も多様なんですね。 
内 田   労働組合もすごく反対しています。アメリカでも、日本と同じように「TPPで経済成長するんだ」とか「雇用が生まれる」と、政府は言っているんです。でも、過去の自由貿易協定の経験で、自由化するほど外に雇用が逃げていくことが分っている。アメリカはNAFTA(北米自由貿易協定)を結んで20年になりますが、大量の雇用がアメリカから失われました。
    雇用を守るための労働組合からの強い反対は、アメリカの民主党をTPP反対へと傾ける大きな原動力になりました。いまの民主党の次期大統領候補者たちは、ほぼ全員がTPP慎重派か反対派ですが。それは巨大な労働組合が、次の選挙に向けて議員に強いプレッシャーをかけているからです。 
編集部   日本でも市民の声が議員へのプレッシャーになればいいのですが…。 
内 田   それはこれから私たちが頑張っていかないといけないところです。日本は、ちょっと特筆すべきくらい変な国。政府がこんなに議会を無視してTPPを進めるなんて普通じゃないですよ。政府は、一体何を「国益」だと考えているのか、このTPPでどれだけ日本にメリットが生み出されるのか、ちゃんと私たちに伝える義務があるはずです。数字だけでなく、社会の価値観にかかわる話でもあります。 
 
何のために、日本はTPPを批准したいのか?
編集部   国益は、経済の数字だけで計れるものではない、と。 
内 田   そうです。私たちは、本当に全部を市場にまかせてしまっていいのでしょうか。交換文書では、かんぽ生命保険についても触れています。すでに郵便局の窓口ではアフラックの保険が売られるようになりましたが、ほかのアメリカの保険会社も日本郵政の全国ネットワークを利用したいと思っています。そうしたときに、かんぽ生命保険は、アメリカの企業からみれば「不当に優遇されている」とみなされてしまう。しかし、かんぽや共済には、「助け合い」という非営利の側面も強い。それを「利益追求の企業と比べて平等じゃない」といわれて、「そうですね」と市場に放り投げていいものなのだろうかと思います。誰のために、何のために、日本政府はTPPを批准しようとしているのか、疑問がたくさんあります。 
編集部   日本のメディアなどでも「TPPによって企業や消費者にどれだけのメリットがあるのか?」という議論はありますが、それ以前に、このまま規制緩和や自由化の方向を進めていっていいのかという議論が必要だと感じます。 
内 田   そうした社会の価値観にかかわる議論は、これまでされてきませんでした。私たちは5年近く、TPPの問題を訴えてきましたが、TPPを「自分の問題」としてとらえてもらうことの難しさを感じています。貿易のことって、どこか自分とは無関係の遠い話だと思われがちなんですよね。
    また、日本では高度経済成長時代に、家族ぐるみで企業に面倒をみてもらってきた時期が長いので、企業への信頼感や幻想が根強く残っているように思います。「企業の成長=個人の利益」みたいなイメージがあるのかもしれない。でも、実際にはグローバル化するなかで、企業のもつ暴力的な側面も明らかになっています。営利を追求するあまり、環境破壊や人権問題、食品偽装なんかも起きてくる。それに対してどう社会は考えるのか? やはり、ちゃんと規制や監視をして、消費者として意見を言っていく必要があると思うのです。 
編集部   TPPは、逆にその監視や規制や口出しする権利を自ら放棄してしまうような内容ですよね。発効されれば、国内の法律よりTPPで決めたことのほうが優先されます。これも国の主権を揺るがす問題ですね。 
内 田   TPPによって自分たちの国のことを自分たちで決められなくなるのが一番怖いこと。協定には「ラチェット条項」というのがありますが、これは一度規制緩和したものは、以前の状態に戻すことはできないという取り決めです。あとで「これはまずかった」と世論が変わっても、一部の例外分野を除いて、元には戻せません。たとえば、私たちも反対してきた安保関連法案ですが、これは政権が変われば廃案にできる可能性があります。しかし、TPPは政権が変わっても、世論が変わっても、もう止めることができない。発効したら、自由化や規制緩和の方向へと一方通行に進むしかないんです。 
編集部   それだけの重要な決断を、いま私たちが政府から問われているという気がしないのですが…。 
内 田   ほとんどの人が、きっとピンと来ていないですよね。本当はマスメディアが「この内容で、本当に大丈夫なのか」とひとつずつ取り上げて世論に問うことをしてほしいTPPの本当の怖さを知らないまま、このまま批准してはダメなんです。 
 
安保法制もTPPも根っこにあるのは同じ問題
編集部   情報がきちんと公開されず、検討する時間もないままに、このまま政府が強引に批准へと進めていきそうで心配です。今後、内田さんたちは、どのように行動していく予定ですか? 
内 田   来年の国会から、TPPの審議が始まると思いますが、ここはとにかく、野党の議員に頑張ってもらうしかありません。安保法制のときに野党間ではある種の連携ができましたが、ああいう形で、党ごとに分野を分担するなどして、疑問のあるところをつっこんで、政府に答えさせて、抜け道をつくらせないように、はっきりとさせないといけない。少なくとも、安保法制の議論以上の時間が必要だと思っています。 
編集部   市民もそうした議員を動かすだけの後押しをしていかないといけませんね。 
内 田   TPPに反対する市民団体も、ここ数年で連携を広げてきました。私たちがかかわっている範囲でも、「STOP TPP!! 市民アクション」という40〜50の団体が集まるネットワークがあります。TPP反対で一致する市民団体、NGO、農業団体、労働組合、消費者団体、医療団体、生協などが参加しています。また、大学教員や弁護士の団体もあります。こうした団体で集まり、市民にも広く呼びかけて、来年1月から国会の外でも声をあげていきたいと思っています。 
編集部   憲法9条も実質的に手放して、TPPで国の主権も手放して、それが政府のいう「普通の国」になるということだとしたら、代償が大きすぎますね。私たちの意見は耳を傾けられることなく、いろいろなことが急激に変えられていっているように感じます。 
内 田   結局、安保法制もTPPも根っこは同じ問題なんだといえます。圧倒的多数である与党の力を利用して、日米関係や企業の利益など、私たちの声と関係ないところで政治が進められている。だからこそ、次の参院選は本当に大事になってきます。明確な候補者を立てて、特に地方できちんと私たちの意思を示す必要があります。
    私たちは、国会が始まる頃までには、協定文を読み解く分りやすい冊子を作りたいと考えているのですが、それを使っていろいろな方に各地で学習会をしてもらいたいんです。TPPの批准阻止と参院選に向けて、地元の候補者に質問しに行くとか、議員にプレッシャーをかけるためのツールを作りたい。そうやって市民一人ひとりが活動して世論や議員を動かすことで、状況を変えていくことが大事なのです。