2015年11月13日金曜日

山田元農水相に聞くTPP交渉の実態 日本は一人負け

 日本政府が早々と大筋合意をしたと発表した、米国アトランタで開かれたTPP閣僚会議の真実と舞台裏について、現地入りしていた山田正彦氏にインタビューした記事が4回に渡って連載されました。弁護士で元農水相の山田氏は「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」の幹事長です。
 
 彼によると甘利氏の交渉の仕方は、自動車でも、農業でも、医療でも、譲りに譲って国を売り渡し」たもので、12人のメンバー中、ただ1人人負け”であったことが分かります。 
 もしもTPPが効力を発すれば、やがて日本の伝統的な稲作文化全部消えて、コメを作る農家がいなくなります。そして原価100円のタミフルがアメリカなみに7万円になって、日本の皆保険・保険診療制度は崩壊します。
 
 協定の批准は絶対に阻止しなくてはなりません。
 (字数の関係でかなり圧縮して紹介していますので、詳しくは原文をお読み下さい)
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TPP大筋合意アトランタ現地報告(1)~()山田正彦元農水相
ネットIBニュース 2015年11月9~12日
TPP大筋合意アトランタ現地報告(1)
 
 TPP協定文書案約1,000ページがニュージーランド政府によって公表された。米国アトランタで開かれたTPP閣僚会議の「大筋合意」の正体と舞台裏について、9月30日から現地入りした「TPP交渉差止・違憲訴訟の会」の山田正彦氏(元農水相、弁護士)にインタビューした。山田氏は、「日本政府は、唯一メリットのあった自動車でも、農業、医療でも、譲りに譲って、国を売り渡した」と、“1人負け”の日本政府を批判。「10月14日から日本が主導して、成田で各国の交渉官を呼んで秘密裏に細部を詰めた」として、「大筋合意」後に突貫工事で協定文書づくりを行った裏舞台を明らかにし、「米国が批准することは、このままでは絶対にありえない。闘いはこれから」と語った。(聞き手・山本 弘之)
 
アトランタ後、10月14日から日本が主導し細部を詰めた
――アトランタ閣僚会合は、2日間の予定が延長され、現地から山田先生の「大変な ことになってきた」との知らせに、危機感を持っていましたが、10月5日の「大筋合意」の正体、なぜ急転したのですか。
山田 アトランタでの閣僚会議後、10月14日から日本が主導して、成田で各国の交渉官を呼んで秘密裡に細部を詰めたのです。アトランタでは大筋合意といっても、日本政府が単に「合意した」と言っただけで、普通は合意したら合意文書や協定書に署名するが、各国何も交わさなかった。米通商代表部(USTR)のフロマン代表は記者会見で、「これは、原則的合意か」と質問され返答できなかった。当時の他国の新聞などの報道を見ても、マレーシアでは「合意ならず」となっていた。米国内のメディアも合意とは言っていない。(中 略)日本が一気に合意に持ち込もうと仕組んだものだ。
     各国は、国益を譲らず、二国間交渉でも主張したが、日本はアトランタでは交渉をほとんどやっていない。というのは、すでに日本は、前回7月のハワイの閣僚会合でカードを切ってしまい、降りてしまったからだ。アトランタでは交渉のカードが残っていなかった。(中 略)日本は、このままでは日本の1人負けだから、なんとしても各国を引きずり込みたいという焦りがあって、甘利大臣は各国を脅しつけて、フロマンにも「早くまとめろ」と求めた。
 
ハワイでカードを切ってしまった日本
――アトランタでは、日本の交渉団は2日目以降、手持無沙汰だったというのは、そういうことだったのですね。それが、行司役の実態ですか。
山田 (中 略)関税でも自動車でも農業でも全部、ハワイで譲ってしまっていた。日本政府は、国を売った。売国奴だ。(中 略)譲っていたのは、日本だけで、他国は交渉がまとまっていなかった。(中 略)ところが、急転直下、大筋合意になっていった。(中 略)「医薬品の保護期間を、オーストラリアが8年で呑んだ。アメリカは砂糖で譲歩し、砂糖を入れることにした。そこで、オーストラリアも呑んだ」と言うのだ。それで動き出した。(中 略)
    ペルーとチリは最後まで頑張った。ペルーとチリは、TPP協定の適用を10年間保留、発効しない。そして3年間移行期間を設ける。
    マレーシアさっさと2日目に帰ってしまった。前回と同じく一言も発言しなかった。マレーシアは抜けるかもしれない。マハティールとも何度か会って話しているが、野党も与党も納得しないだろう。
    カナダはけっこう頑張った。カナダも政権交代し、トルドー首相になったから、TPPに批准するかわからなくなってきた。 【取材・文:山本 弘之】
 
TPP大筋合意アトランタ現地報告(2) 安倍政権は、公約も国会決議も反故にした
 
――農林水産分野の395品目で関税撤廃になる。自民党が公約した「TPP断固反対」や、国会が決議した「重要品目は除外」は反故にされた。
山田 (中 略)カナダの農業団体の代表に会った時に最初、こう言われた。「日本は、メリットがある自動車まで譲ってしまって、何のメリットがあるんだ。カナダは農業問題で譲らない」と。(中 略)アトランタでも、カナダだけでなく、各国の交渉団は、現地入りした利害関係団体と夜遅くまで協議を繰り返していた。日本は農業団体だけで100人くらいアトランタに行っているけど、政府の交渉団は農業団体と何の協議もしていない
    日本政府は、実際には、オバマ大統領が去年(2014年)4月に日本に来た時に、安倍首相が寿司屋で“握って”しまった。あの後、牛肉の関税9%とか、牛肉や豚肉の関税合意内容を読売新聞がすっぱ抜いた通りになっている。(中 略)
 
食料自給と食の安全を捨てた~砂糖も果汁も譲っていた
――ブルネイの時には、もう砂糖に移ってしまっていたとは驚きです。
山田 ところが政府も自民党も「砂糖は絶対に守った」と言っていた。だから、アトランタの会議が終わるまで、日本が砂糖で譲っているとは誰も思っていなかった。(中 略)ひどい話だ。
    今回初めて明らかになったのは砂糖だけではない。果汁の関税撤廃が明らかになった(中 略)オレンジ果汁の関税が、何年間かかけて撤廃され、ブドウ果汁は即時撤廃される。果汁が競争で太刀打ちできなくなったら、その分、生果実を高く売れないと採算がとれなくなる。(中 略)果汁だけではなく、関税が下がり撤廃されれば生果もどんどん入ってくる。オレンジは、生果を2割くらい高く売らなければ、採算がとれなくなる。
    ハムソーセージもそうだ。僕は牧場を経営し牛豚を飼っていたからわかるが、豚肉も、端肉が出る。国内生産者は、端肉を利用したソーセージなど加工品用に出荷しないと採算がとれない
――枝肉だけで採算がとれるのではなく、端肉も含めてトータルで経営が成り立っているわけですね。
山田 その通りだ。加工業者は関税がなくなるから喜んでいるが、生産者が大変だ。
    コメでも(中 略)今回、米豪に7・84万トンの輸入枠を設定する。それを政府が買い入れると言っている。(中 略)国産のコメを備蓄用に買って回す。何を考えているか。今でも、入ってきたカリフォルニア米は業務用でどんどん使われているが、米国のコメを使わせて、国産の一生懸命作ったコメを備蓄して飼料用にして2年後に手放すと言っている。2年後は大暴落する。「早く農家はつぶれろ、コメはすべて米国やカナダやオーストラリアに頼ろう」だ。日本政府は、食料の自給と、食の安全を捨てた
 
米国は農業へ1兆2,000億円の補助金
――自給と安全をともに捨ててしまったら、大変な事態だ。
山田 日本の伝統的な稲作文化も全部消える。コメを作る農家がいなくなってコメを買うようになる。ずいぶん前から米国の農業を視察してきたが、米国は、日本円に換算して毎年1兆2,000億円から2兆円の補助金を出している。(中 略)ヨーロッパは農家収入の8割は所得保障だ。それで、食の安全や環境を守ってきた
――日本でも、棚田をはじめ、国土保全機能を経済的価値に換算して、国土保全機能があるという動きがあったのに、なぜこんな事態になったのか。
山田 安倍首相だ。アメリカの言いなりになっている安倍首相と、安倍首相や官邸の言いなりにしかならないだらしない自民党だ
 
TPP大筋合意アトランタ現地報告(3) 「日本の降伏文書」~日米並行協議の危険とISD条項
 
――TPPは21分野に及ぶ。米韓FTAで、韓国は、米多国籍企業の利益に反する政策がとれなくなった。同じことが起きますか。
山田 憲法があって、その下に条約があって、さらにその下に国内法、条例や政令がある。国内法は条約に縛られる。韓国もそうだ。だから、韓国は国内法を変えざるを得なかった。同じことが起きる国内法よりTPPが優先され、日本の国のかたちが変わってしまう。米韓FTAでは、弁護士会の発表では韓国は180本、政府の発表で63本の国内法が変えられている。今では、それ以上増えている。韓国は、ISD条項で非常に困っている。投資家を保護するために、投資家がその国を訴えられる制度だ。その国の国内法に関係なく、自由な市場競争に反しており企業の利益が損なわれたかどうかだけ判断される。韓国の裁判官167人が、日本の最高裁にあたる大法院に司法主権がなくなると不服の申立をしているほどだ。
――国内法が変わるスピードは、今の国会議席数のままならば、一気に変わる?
山田 今でも日米並行協議で、どんどん変えていっている。医療の分野では、申し出制で保険の適用がない診療が受けられる「患者申出療養」が導入された。保険適用のない自由診療ができる。混合診療の解禁で、国民皆保険の崩壊の第一歩だ。
――なるほど。TPPと日米並行協議が競いあって、国内法の改正がすでに進んでしまっている。
山田 (中 略)これからどんどん国内法が変えられていく。医療では政府は「国民皆保険を守る」と言っているが、とんでもない話で、国民皆保険については「留保した」と言っている。留保とはどういう意味か。例外なら例外というはずだ。米国も日本も最初から、今の医療保険制度を壊すとは言っていない。むしろ、日本の医療保険制度を利用して高い医薬品を売ろうとしている
 
医薬品高騰、日本の医療が崩壊
――そうすると、どういう現象が起きますか。
山田 高い医薬品を売るのは簡単だ、医薬品の単価を上げればいい。日本では、薬の価格は国が決めるが、米国は、医療は商品で、製薬会社が薬の価格に口を出し、薬の価格を決める。米国ではタミフル1本が7万円、原価は100円だ。民間保険会社に入らなければ、いい薬や、いい治療を受けられない。米国では、患者は盲腸の手術で350万円かかる。米国は、保険が適用されないので、民間保険会社が利益を上げている。日本でもアフラックが郵政を取り込んでしまったように、国民皆保険と言いながら、保険の適用されない自由診療の部分で、米国の民間保険会社に取り込まれ、米国の医療のようになる。一番影響を受けるのは医療だ。農業よりも影響を受ける
 
TPP大筋合意アトランタ現地報告(4) なぜ韓国はTPP参加めざす?
――ところで、米韓FTAで痛い目にあった韓国がなぜTPPに参加しようとしているのですか。
 山田 まず、韓国は、ISD条項が変わると思ってTPPに入ろうとしている。米韓FTAで大きな問題になっているのがISD条項だ。韓国は今、4つくらい大きな国内制度を変えないといけなくなって困っている。
    TPPでは、ISD条項で濫訴防止の措置がとられたと言っているけれど、日本政府の概要を見ても全然違う。ISD条項は、世界銀行傘下の国債投資紛争解決センターで審理する。1審制度で、3人の審判員がいて、当事国からそれぞれ1人選ばれる、たとえば日米間の紛争なら、1人は米国が選んだ者、1人は日本が選んだ者、あとは、世銀が選ぶが、世銀の大出資国は米国だから、2対1になることになっている。そこで、濫訴かどうか、不当な訴えかどうか事前に審査できるとなっているが、審判員の構成は変わらないので、濫訴防止できない。話にならない。中 略
 
米国は2017年まで批准できない
――グローバリゼーション、市場原理主義の方向に、日本の統治機構の基本構造が変わる。これ、すんなりいきますか。
 山田 米国は、2017年までは議会が同意しない。(中 略)「アメリカの労働団体は全部、TPPに反対だ、環境団体も1つだけ賛成しているが、ほかは全て反対だ」と話していた。民主党の支持母体は、環境団体と労働団体だ。だからヒラリー・クリントン氏も、TPPに反対の姿勢だ。来年大統領選挙があり、2016年2月から予備選挙が始まるから、批准どころの話ではない。外交は1年間ストップする。
    (中 略)民主党でTPAに賛成した40人くらいの下院議員も、TPPに賛成したら次の議席がない。TPAでさえ一度否決された。共和党のトランプ氏もTPPを猛烈に批判している。大統領は署名しないし、議会も同意しない。米国で通らなかったら、それでTPPは終わりだ。
    (中 略)米国は、各国の反対や抵抗が強いから、日本に最初に批准させようとしている。日本政府は、来年の通常国会、あるいは来年は参院選挙があり、農民の反対が強いから、参院選挙が終わった後の国会で批准する動きがある。
 
参院選はオールジャパンで戦うべきだ
――来年夏の参院選挙は、大きな意味を持っていますね。
 山田 民主党も、共産党も1つになって戦わないと駄目だ。オールジャパンで戦うべきだ。安保法案の共闘を生かして、1人区で野党が勝つ流れがつくれる。米国は、今年来年は絶対批准できないし、2017年もどんどん内容が明るみに出てくると、絶対批准できない。
    日本での私たちの闘いはこれからだ。今、私たちにできることは、まず、裁判でTPP交渉、協定を止めることだ。私たちは、TPPは違憲だとして、交渉差止を求めて提訴している。11月16日に第2回口頭弁論が開かれる。韓国からもソンキボ弁護士ら9人が裁判の傍聴に来る。今、第3次提訴を準備中で、約300人が追加提訴に加わり、原告数が2,000人になる。ぜひ原告になってほしいし、傍聴に来て、私たちが主権者として、これだけの人が反対している熱意を訴えてほしい。オールジャパンで頑張っていこう。 (了)   【取材・文:山本 弘之】