2015年11月30日月曜日

30- 戦争法案強行採決と国民のたたかい (その2) (五十嵐仁氏) 

 元法政大学 社会問題研究所所長(教授)の五十嵐仁氏が、通常国会での「戦争法案の強行採決と国民のたたかい」を発表しました。本格的な総括です。
 同氏のブログ「五十嵐仁の転成仁語」に3回に分けて掲載されるということで、今回はその第2回分です。
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[論攷] 戦争法案強行採決と国民のたたかい (その  
五十嵐仁の転成仁語 2015年11月日11月29日 
〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕
二、戦争法成立の背景にはどのような問題があったのか
 
小選挙区制の害悪
 こうして戦争法は成立しました。そこにはどのような背景や問題があったのでしょうか。
 その第一は、小選挙区制による害悪です。この選挙制度によって二重の意味での「一強多弱」体制ができあがった点に大きな問題があります。
 世論調査をすれば五割が法案に反対で成立を評価せず、六割が憲法に違反しているとし、審議が尽くされていないという意見も八割近くに上っています。説明不十分という意見にいたっては八割を超える調査もありました。それなのに、法案は成立してしまいました。国会では賛成派が衆院で三分の二以上、参院で過半数以上の議席を持っているからです。
 その理由は、第一党に有利になる小選挙区制にあります。参院の一人区も事実上の小選挙区ですから同様の問題を抱えています。昨年の総選挙では、有権者のうち自民党に投票した割合(絶対得票率)は小選挙区で二四・五%、比例代表で一七・〇%にすぎませんでしたが、自民党が圧勝しました。小選挙区で四八%の得票率なのに七五%の議席を占めたからです。
 このような選挙制度の下では、多数党の候補者として公認されるかどうかが決定的な意味を持ちます。公認権を持つ執行部の力が強まり、異論があっても楯突くことができなくなります。反対すれば対立候補を立てて「刺客」を送り込まれることを、「郵政選挙」の時に思い知らされました。こうして、自民党内でも官邸や執行部の力が強まる「一強多弱」体制が生まれたのです。このような政治的効果を生んだのも、小選挙区制による大きな害悪だったと言えるでしょう。
 
自民党の変貌
 第二に、その結果として自民党が変貌してしまいました。主導権(ヘゲモニー)が「本流派閥」から「傍流派閥」へと移ったからです。前者は吉田茂の流れを汲み比較的リベラルでハト派でしたが、後者は岸信介の末裔でどちらかといえば右翼的でタカ派だという特徴がありました。
 60年安保闘争によって戦前モデルを否定された自民党は、現行憲法を前提に現状対応を図る路線を採用し、それが「本流」となりました。これに対して、戦前モデルを念頭に憲法改正と再軍備をめざして戦後憲法体制の修正を図ろうとする勢力は少数派となり、自民党内では「傍流」に追いやられます。
 しかし、右肩上がりの経済成長が終わり、新自由主義が登場し、軍事大国化が強まるなかで、政界再編や新党結成によって「保守本流・ハト派・吉田」の流れを汲む勢力や個人が自民党外に流出し、次第に「保守傍流・タカ派・岸」の勢力の比重が高まっていきます。その転換点は森喜朗政権の成立でしたが、政策内容や政治手法の点では小泉政権が画期だったと思われます。
 このような転換によって、「保守本流」の解釈改憲路線は明文改憲と実質(立法)改憲を合わせた総合的な改憲路線に変わり、経済重視路線は政治主義路線へと転換し、憲法上の制約を盾に一定の抵抗を示しつつ協調してきた対米協調路線も制約自体を取り払って米国に追従する対米従属路線へと変化してきました。
 さらに、「保守本流」の政治手法の特徴だった合意漸進路線などは見る影もありません。野党や国民との合意は問題とされず、独善的で強権的な手法が強まってきました。安倍政権に対する国民の批判と反発は、民意に耳を傾けず異論を封じる手法や強引な国会運営に対しても向けられています。
 
マスメディアの分化と後押し
 第三に、このような政治の変化に警鐘を鳴らし、権力を監視するべきマスコミのあり方にも大きな変化が生じました。特にNHKのニュース報道や読売新聞、フジ・サンケイグループによる報道には大きな問題があります。政府の応援団として戦争法の成立を後押しする役割を演じたことは、マスメデイアとしての大きな汚点にほかなりません。
 すでに、第二次安倍内閣になってから籾井勝人NHK会長が就任し、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」と述べて問題になっていました。今回も与党の言い分ばかり伝え、ことさらに賛成派のデモを取り上げたり、国会周辺の抗議活動を無視したり扱いを小さくしたりするなど、NHKのニュースには大きな問題がありました。
 これに対して、テレビ朝日の「報道ステーション」などは戦争法案の問題点を解明し、反対運動を詳しく紹介するなど積極的な役割を果たしました。週刊誌でも、女性週刊誌が戦争法案についての特集を組んで反対意見や抗議活動を紹介するなど、従来にない姿勢を示したことは注目されます。
 新聞は賛成と反対に大きく分かれました。前者は『読売新聞』『日経新聞』『産経新聞』『夕刊フジ』などで、後者は『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『日刊ゲンダイ』などです。地方紙の大半も戦争法案に批判的な論調でした。とりわけ、『東京新聞』は一面や「特報」面で法案の問題点や反対運動について詳細な記事を掲載し、ジャーナリズムとしての本来のあり方を示しました。
 また、共産党の『しんぶん赤旗』は政党機関紙ですが、日曜版には自民党や官僚OB、改憲派の政治学者、公明党や創価学会員なども登場し、大きな注目を集めました。政党機関紙の枠にとらわれない進歩的ジャーナリズムとしての存在感を発揮したことは高く評価して良いでしょう。