2014年5月12日月曜日

アレがだめならコレ 政権の右往左往

 政府内では当初、砂川事件最高裁判決集団的自衛権の行使容認の根拠にしようとしていましたが、公明党などから「砂川判決当時、想定していたのは個別的自衛権だけだ」などと批判が噴出したため、今度は政府の72年見解を新たな根拠とする方針に転じたということです実にお手軽なハナシです。
 
 72年見解は憲法第13条をベースにしています。
 同条は、 [個人の尊重と公共の福祉] とも、[幸福追求権] とも要約されているもので、その条文は下記のとおりです。 
 「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする
 
 72年見解は、この13条によって国には国民の生命、自由、幸福を追求する権利を守る義務があるから、外国から急迫不正の侵略を受けたときに『座して死を待つ』のではなくて、必要な自衛の措置をとることが憲法上も認められているとした上で、しかしながら9条の制約があるので、自衛のための措置を無制限に認められているわけではなく、必要最小限度の範囲にとどまるべきものであるとしています。
 一体、この見解の何処から集団的自衛権の行使容認の根拠が得られるのでしょうか。
 
 そもそもこれまでに確立されている個別自衛権発動の3要件は
   ・急迫不正の侵害があること(急迫性、違法性)
   ・他にこれを排除して、国を防衛する手段がないこと(必要性)
   ・必要な限度にとどめること(相当性、均衡性)
ですが、ここでの「急迫性」とは、侵害が現に存在する(現在性)ことを前提にしているのであって、「風が吹けば桶屋が儲かる」的な「侵害の可能性の存在」などは除外されています。
 
 そこにお得意の近年の安全保障環境の変化』を口実にして「侵害の可能性」を盛り込もうというのは、ただただ なんとしても「行使の容認」につなげたいという魂胆が見え透くだけで、何の論理的整合性もありません。
 
 日替わりメニューのドタバタは、もういい加減 止めにすべきでしょう。
 
 (追記) 憲法第13条は、9条とともに憲法の真髄を示す条文であって、自民党の改憲草案とは真っ向から対立するものです。それを集団的自衛権行使の手段にしようなどというのは邪道の極みというほかはありません。自民党はこの際13条に想到したことを契機に、先ずは13条の真価を再認識することこそが肝要です。(^○^)
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集団的自衛権:「必要最小限度」を拡大 政府方針
毎日新聞 2014年05月11日
 政府は、集団的自衛権の行使を容認するため、1972年の政府見解「集団的自衛権と憲法との関係」を根拠に、憲法解釈を変更する方針を固めた。72年見解は、外国による武力攻撃で国民の権利が根底からくつがえされる事態に対処するため、「必要最小限度の範囲」で自衛権を行使できるとしている。近年の安全保障環境の変化で、「必要最小限度の範囲」に集団的自衛権も含まれるようになったとの考えを打ち出す。
 
 政府内では当初、最高裁が59年の砂川事件判決で示した「自国の存立を全うするために必要な自衛のための措置」に集団的自衛権が含まれると解釈し、行使を容認する案が有力だった。
 しかし、公明党などから「砂川判決当時、想定していたのは個別的自衛権だけだ」などと批判が噴出。現在でも集団的自衛権の政府の立場を説明する際に引用される72年見解を新たな根拠とする方針に転じた。
 
 72年見解は、参院決算委員会の求めに応じ政府が提出した。平和主義を掲げる憲法の下で日本がとり得る自衛の措置は、「外国の武力攻撃によって(憲法13条に定められた)国民の生命、自由、及び幸福追求の権利が根底からくつがえされる急迫、不正の事態」が起きた場合で、「国民の権利を守るためのやむを得ない措置としてはじめて容認される」と規定している。
 
 そのうえで、自衛権を行使する際には「必要最小限度の範囲」でなければならないとした。他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は、こうした規定を満たしていないとして、「憲法上許されない」と整理した。
 
 政府は見解策定から40年以上が経過し、核兵器や弾道ミサイルを周辺国が保有するに至ったことに加え、国際テロが増加するなど安保環境が大きく変化したことに着目。他国が武力攻撃を受けた場合でも、「国民の権利が根底からくつがえされる」と認定できるケースがあるとの見解を示し、集団的自衛権の行使を容認する。
 
 ただ、その場合でも武力の行使は従来通り「必要最小限度の範囲」とし、これまでの憲法解釈との整合性を図る意向だ。このため、武力行使目的で自衛隊を他国に派遣することは原則認めない方針。
 72年見解を解釈変更の論拠とする方針は、集団的自衛権の行使容認に慎重な公明党にも水面下で既に伝えた。同党内では、「国民の権利が根底からくつがえされる」と判断する基準が示されていないと問題視する声が出ており、歯止めがきかなくなることへの懸念が出ている。【青木純】
 
◇72年の政府見解=要旨
 政府が1972年10月に参院決算委員会に提出した「集団的自衛権と憲法との関係に関する政府資料」の要旨は以下の通り。
 
 憲法は、第9条において戦争を放棄し、戦力の保持を禁止しているが、前文において「全世界の国民が平和のうちに生存する権利を有する」ことを確認し、第13条において「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、国政の上で最大の尊重を必要とする」旨を定めることからも、わが国が自らの存立を全うし国民が平和のうちに生存することまでも放棄していないことは明らかで、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとはとうてい解されない。しかし、平和主義を基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されないのであって、それは、あくまでも国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底からくつがえされるという急迫、不正の事態に対処し、国民の権利を守るためのやむを得ない措置として、はじめて容認されるものであるから、その措置は、右の事態を排除するためとられるべき必要最小限度の範囲にとどまるべきものである。わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することを内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと言わざるを得ない。