2012年7月9日月曜日

【憲法制定のころ 2】憲法研究会の憲法草案要綱と政府の憲法改正要綱

 ここではGHQ草案のベースとなった憲法研究会の「憲法草案要綱」と、逆にGHQに拒否された政府 憲法問題調査委員会(松本委員会)の「憲法改正要綱」が、具体的にどのような内容であったのかを見てみます。 

憲法研究会は、終戦直後の194510月末に高野岩三郎(東大教授)が鈴木安蔵(憲法学者)に提起し、同年115日、杉森孝次郎(早大教授)、森戸辰男(東大助教授)、室伏高信(朝日新聞記者)、岩淵達雄(読売新聞記者)らが集まり発足させた組織で、数次の検討会を経てまとまった「憲法草案要綱」を19451226日に新聞紙上に発表するとともに、政府とGHQに提出しました。

草案を起草したのは鈴木で、新聞記者の質問に答えて、起草の際に参考にした資料として、明治15年に草案された植木枝盛の「東洋大日本国国憲按(案)」や土佐立志社の「日本憲法見込案」など、国内で明治初期に書かれた20余りの憲法草案と、外国資料としては1791年のフランス憲法、アメリカ合衆国憲法、ソ連憲法、ワイマール憲法、プロイセン憲法を挙げました。

この憲法研究会の活躍を描いた映画「日本の青空」は、20073月に公開されました。同じころにNHKでも「焼け跡から生まれた憲法草案」が放送されました。 

 一方政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)は、19451025日の閣議了承を経て、松本烝治国務大臣のもと、宮沢俊義(東大教授)、河村又介(九大教授)、清宮四郎(東北大教授)の3教授と役人側 : 石黒枢密院書記官長、楢橋法制局長官、入江法制局第1部長、佐藤法制局第2部長の陣容でスタートし、194628日、GHQからの督促に応じて「憲法改正要綱」を説明資料他(注1)とともにGHQに提出しました。
(注1) 再軍備は連合軍の占領統治が終了したのちにその諒解を得て行うが、その規模は小さいこと、などを述べたもの

政府は、このときGHQの内部で憲法草案作成の作業が進行していることを全く知らなかったため、この案に対するGHQの意見を聞いた後に正式な憲法草案を作成することを予定していました。しかし提出した5日後にGHQから政府案の拒否が告げられ、代わりにGHQ憲法草案を提示されたので大変な衝撃を受けました。 

「憲法改正要綱」を見ると殆ど明治憲法のままであり、天皇の権限についても、緊急勅令を発するときは「議会常設委員の諮詢を経る」とか、外国と重大な条約を結ぶ時には「議会の協賛を経る」など、実質を伴わない極めて軽微な変更であり、「軍の統帥権」(注2)も維持されていました。
          (注2) 戦前軍部の独走を引き起こした根源となったもの

また国民の権利に関しても何らの前進もありませんでした。
従ってもしもこの憲法が実現していたならば、やがて戦前の状態がそのまま復活することになるのでした。

以下に両文書を掲載しますが、紙面の関係で一番重要な「天皇に関する事項」と「国民の権利・義務」に限定しました。

(両文書の全文は末尾に掲示したインターネット記事でご覧になれます) 

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憲法研究会 憲法草案要綱

根本原則(統治権)

一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
  (親ラセス=自らせず  ※事務局)
一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル
一、天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル 

国民権利義務

一、国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス
一、爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス
一、国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、国民ハ拷問ヲ加へラルルコトナシ
一、国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス
一、国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス
一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス
一、国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ
一、国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス
一、男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス
一、民族人種ニヨル差別ヲ禁ス
一、国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス

議会以降は省略) 
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松本委員会 憲法改正要綱

 (改正要綱は、明治憲法の改正点を列挙してあるので、それに基づいて作成。 削除箇所は取消線で示し、追加箇所は太字で示します) 

第1章 天皇

第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ 神聖 至尊 ニシテ侵スヘカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
第6条 天皇ハ法律ヲ裁可シ其ノ公布及執行ヲ命ス
第7条 天皇ハ帝国議会ヲ召集シ其ノ開会閉会停会及衆議院ノ解散ヲ命ス 衆議院ノ解散ハ同一事由ニ基ツキ重ネテ之ヲ命スルコトヲ得サルモノトスル
第8条 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ又ハ其ノ災厄ヲ避クル為緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス  緊急勅令ヲ発スルニハ議院法ノ定ムル所ニ依リ帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ要ス
2  此ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出スヘシ  若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ
第9条 天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ又ハ 公共ノ安寧秩序ヲ保持シ及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ必要ナル命令 行政ノ目的ヲ達スル為ニ必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム 但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス
10条 天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス 但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル
11条 天皇ハ 陸海 軍ヲ統帥ス
12条 天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム  軍ノ編制及常備兵額ハ法律ヲ以テ之ヲ定ムル        (兵額=軍隊の規模  ※事務局)
13条 天皇ハ戦ヲ宣シ和ヲ講シ及諸般ノ条約ヲ締結ス  戦ヲ宣シ和ヲ講シ又ハ法律ヲ以テ定ムルヲ要スル事項ニ関ル条約モシクハ国庫ニ重大ナル負担ヲ生スヘキ条約ヲ締結スルニハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要スル  但シ内外ノ情形ニ因リ帝国議会ノ召集ヲ待ツコト能ハサル緊急ノ必要アルトキハ 帝国議会常置委員ノ諮詢ヲ経ルヲ以テ足ルモノトシ 此ノ場合ニ於テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ報告シ其ノ承諾ヲ求ムヘキモノトスル
14条 天皇ハ戒厳ヲ宣告ス
2   戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム
15条 天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス  栄典ヲ授与ス
16条 天皇ハ大赦特赦減刑及復権ヲ命ス
17条 摂政ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル
2   摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権ヲ行フ 

第2章 臣民権利義務

18条 日本臣民タル要件ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
19条 日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応シ均ク文武官ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就クコトヲ得
20条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ 兵役ノ義務  役務ニ服スル義務 ヲ有ス
21条 日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス
22条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス
23条 日本臣民ハ法律ニ依ルニ非スシテ逮捕監禁審問処罰ヲ受クルコトナシ
24条 日本臣民ハ法律ニ定メタル裁判官ノ裁判ヲ受クルノ権ヲ奪ハルヽコトナシ
25条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外其ノ許諾ナクシテ住所ニ侵入セラレ及捜索セラルヽコトナシ
26条 日本臣民ハ法律ニ定メタル場合ヲ除ク外信書ノ秘密ヲ侵サルヽコトナシ
27条 日本臣民ハ其ノ所有権ヲ侵サルヽコトナシ
2   公益ノ為必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル
28条 日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル 安寧秩序ヲ妨ケサル限ニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
29条 日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ言論著作印行集会及結社ノ自由ヲ有ス

30条 日本臣民ハ相当ノ敬礼ヲ守リ別ニ定ムル所ノ規程ニ従ヒ請願ヲ為スコトヲ得
(新 設) 日本臣民ハ本章各条ニ掲ケタル場合ノ外凡テ法律ニ依ルニ非スシテ其ノ自由及権利ヲ侵サルルコトナシ
31条 本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ (削除)
32条 本章ニ掲ケタル条規ハ陸海軍ノ法令又ハ紀律ニ牴触セサルモノニ限リ軍人ニ準行ス (削除) 

(第3章帝国議会 以降は省略)
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  この記事は以下のインターネット記事を参考にしました。
また記事には掲載しませんでしたが、「GHQ憲法草案」日本語版もご覧になれます。
   
鈴木安蔵(ウィキペディア)

日本国憲法の誕生

憲法草案要綱(憲法研究会)

憲法改正要綱(松本委員会)

GHQ憲法草案 日本語版
                    http://kokutaigoji.com/reports/ref/ref_2_nihonkokukonposoan_GHQ_1.html