2012年7月20日金曜日

【憲法制定のころ 5】 憲法調査会におけるベアテ参考人の陳述

200052日参議院第147回国会憲法調査会 ―
  これは上記憲法調査会におけるベアテ・シロタ・ゴードンの陳述を抜粋・要約したもので、憲法草案作成当時の状況と日本国憲法に寄せる彼女の思いが語られています。
 一説によると同憲法調査会は憲法改正を意図して作られたのですが、ベアテの陳述以後は、会の中で改憲を口にしにくくなったと言われています。 

①マッカーサーは憲法草案を作ることを考えていなかった
GHQの民政局に入って一カ月くらい経った(1946)2月4日の朝、ホイットニー局長(准将)が私たちを集めて、「あなたたちは今日から憲法草案制定会議のメンバーになりました、新しい日本の憲法の草案をつくるのが任務で、これは極秘です」と言いました。
 それまでマッカーサー元帥は、自分のスタッフにこの仕事を与えるつもりは全くなく、日本政府の松本大臣に民主的な憲法の草案を頼みましたが、彼はいつも明治憲法と余り変わらない草案を書いて来たので、最後にマッカーサー元帥はその仕事をホイットニー准将に頼みました。 

②女性の権利を担当した
 人権に関する草案は男性二人と私とで書くことになり、私は、女性だから女性の権利を書いたらと言われました。直ぐにジープに乗っていろんな図書館へ行って、各国の憲法を集めました。事務所へ帰ってきたらみんながその本を見たがって、私は引っ張りだこになりました。 

③憲法に女性の人権を詳しく書きたかった
 私は、戦争の前に10年間日本に住んでいましたから、日本では女性が全く権利を持っていないことをよく知っていました。だから憲法の中に女性のいろんな権利を書き入れたかったのです。配偶者の選択から妊婦が国から補助される権利まで、全部、具体的に詳しく憲法に書きたかったのです。 

④運営委員会が条文の草案から社会福祉を受ける権利を外した
 人権の草案がまとまって民政局の運営委員会と打合せしたときに、運営委員たちは私が書いた草案の基本的な女性の権利には賛成しましたが、社会福祉の点についてものすごく反対しました。そういう詳しいものは憲法に合わないので、民法で定めなければならないと言いました。私は、こういう社会福祉の点を憲法に入れなければ、民法をつくる男性は絶対にそれを盛り込まないから、と言いました。

 ケーディス大佐は、「あなたが書いた草案はアメリカの憲法に書いてあるもの以上ですよ」と言いました。私は、「それは当たり前ですよ、アメリカの憲法には女性という言葉が一項も書いてありません。しかしヨーロッパの憲法には女性の基本的な権利と社会福祉を受ける権利が詳しく書いてあります」と答えました。
 私はすごくこの権利のために闘いました。涙も出ました。 

④日本政府代表との徹夜の審議の通訳を務めた
 3月4日に民政局の運営委員会と日本政府の代表者の極秘の詰めの会議が開かれました。そこでは最初の象徴天皇制から揉め、意味だけではなく、言葉の使い方、どういう字を使うかも全部議論になって大変でした。私は通訳として参加しましたが、通訳が速かったのでアメリカ側と日本側の両方の通訳をしました。それで日本側は私に対して良い印象を持ちました。
夜中の2時頃に、今度は男女平等の条項について日本側は、「こういう女性の権利は全然日本の国に合わず、日本の文化に合わない」と主張して、激しい議論になったとき、ケーディス大佐は日本側代表の私への好感をうまく使おうと考えて、「ベアテ・シロタさんは女性の権利を心から望んでいるので、それを可決しましょう」と言いました。
日本側は、私がその草案を書いたことを知らなかったので、随分びっくりして、「それではケーディス大佐が言うとおりにしましょう」と言いました。 

⑤押しつけの憲法と言うのは正しくない
1952年に占領軍がアメリカに帰ったときに、ある日本の学者と新聞記者が、新しい憲法は日本に押しつけられたものであるから、改正すべきだと主張しました。
しかし、普通、人が他の人に何か押しつけるときに、自分のものより良いものを押しつけはしません。日本の憲法はアメリカの憲法よりすばらしい憲法ですから、押しつけという言葉は使えないと思います。この憲法が日本の国民に押しつけられたというのは正しくありません。 

⑥草案作成の作業に関与したことはずっと秘密にしていた
 憲法草案に参加した私たちは、この仕事について長い間黙っていました。一つの理由はそれが極秘であったからです。もう一つの理由は、憲法を改正したい人たちが、私の若さを盾にとって改正を進めることを恐れていたからです。それで黙っていた方が良いと思い、私は日本の新聞記者のインタビューを受けませんでした。5年前まで親しいお友だちにも何も話しませんでした。1回か2回だけ、1970年ごろ、ある学者に少しこの話をしました。 

⑦日本で女性の地位が低いことを良く知っていた
 私は、小さいときから日本の軍国主義を自分の目で見てきました。私は、6歳のときから日本の社会に入って、日本のお友達と遊んで、虐げられた女性の状況を自分の目で見ました。奥さんがいつでも主人の後ろを歩くのを自分の目で見ました。
奥さんがお食事をつくって、旦那とその友達にサービスしても、会話には参加しないで食事も一緒にとらないで、全然権利がないことをよく知っていました。好きな人と結婚できない、離婚もできない、経済的権利もないことを知っていました。 

⑧良い憲法ならそれを守れば・・・
 ある人は、この憲法は外から来た憲法であるから改正しなければならないと言います。日本は、歴史的にずっと昔からいろんな国から良いものを日本へ輸入しました。漢字、仏教、陶器、雅楽などを他の国から輸入しそれを自分のものにしました。だから、たとえ他の国から憲法を受けたとしても、それが良い憲法であればそれでいいのではないでしょうか。
若い人が書いたか、年取った人が書いたか、誰がそれを書いたかということは意味がないでしょう。良い憲法だったらば、それを守るべきではないでしょうか。 

⑨40年以上も改正されなかった憲法は他にはない
 この憲法は50年以上持ちました。それは世界で初めてです。今まではどんな憲法でも40年の間には改正されました。私は、この憲法が本当に世界のモデルとなるような憲法であるからこそ、改正されなかったのだと思います。
 日本は、このすばらしい憲法を他の国々に教えなければならないと思います。他の国々がそれを真似すればよいと思います。 

⑩日本の女性を尊敬している
最後に、私は日本の女性をすごく尊敬しています。日本の女性は賢いです。日本の女性はよく働きます。日本の女性の心と精神は強いです。
私は子供と孫の将来について心配しています。平和がないと安心して生活ができないと思います。私の耳に入っているのは、日本の女性の大多数が、憲法は良い、日本に合う憲法だと思っているということです。
アジアの国々も日本について、安全な国だという思いを持っています。そして日本の女性はそれをよく分かっています。だから、その日本の女性の声を聞いてください。 

【憲法調査会での質問に答えて(質問委員名は省略)

A 非常時に公共の福祉と安全確保のために個人の権利を制約する必要性は?
 人権をカットするために憲法を改正するのは非常に危ないことだと思います。「法律」でそういうことを決めれば良いのではないでしょうか。憲法を改正しなくても、その主旨を他の法律に翻訳(インタープリテーション)して作ることができると思います。 

B 男女間の同一労働同一賃金制が日本で遅れていることについて
それは日本の女性の問題だけではなくて、アメリカでも随分時間がかかりました。こういうものはどうしても時間がかかります。多分日本の女性の権利はこれから非常に速く進歩すると思います。 

C 女子大等で「憲法」が選択制になったことについて
 アメリカもちょうど同じです。あなたたち議員の皆さんが外に出て講演して、もっと憲法を読んでもらうようにしなければならないと思います。 

D 女性の平和への役割について
なぜだかは知りませんが、女性は男性よりも平和的だと思います。だから、平和を守るのは女性の任務だと思います。平和のために毎日毎日闘って、頑張ってください。 

E 日本の憲法に最高水準の規定を盛り込んだ
 人権については、もちろん理想的な憲法を作りたいと思い、一番良いものを何でも入れたかった。他のアジアの国も随分苦労したので、軍国主義が全く日本からなくなれば、これからはアジアの国々も安全に生活することができるからと思いました。そして全世界のためにも、こういう平和的な憲法があればそれがモデルになって、他の国もそれを真似れば良いと思いました。 

F 運営委員会の考え方について
アメリカの憲法に女性の権利や社会福祉のことが書いていなかったので、運営委員会の三人の男性弁護士も、女性の社会福祉については民法には入れるべきであるが憲法には合わないという考え方だったのです。だから私がヨーロッパの憲法はそうじゃないと言ってもダメでした。 

G ベアテの半生を描いた日本の演劇「真珠の首飾り」の感想は
芝居については私は専門家です。だから「真珠の首飾り」は本当に推薦できます。すごく良い芝居です。女優二人が、私の役割をやっているんです。一人は若いベアテ、一人は年とったベアテ、その二人が出ますからどうぞ見てください。

H 作業班内での調整は?
 私たちはみんな本当に別々で作業をやりました。私は女性の人権のことだけをやって、他の人権を担当した二人が何を書いたか、何を考えたか、その話しをする暇もなかったんです。七日間朝から晩まで自分のテーマに取り組んでいて、議論も余りしなかったので、他の人たちがどういうことを書いたのか本当に知りませんでした。 

I 9条の改正がアジアに与える影響について
アジアの他の国々は、まだ戦争のときの日本の軍国主義を忘れていないと思います。今は平和憲法があるから安心していると思いますが、もしそれを改正すれば、そこから何が出てくるのか心配すると思います。 

J 日本人の考えは取り入れられたのか
私たちは他の国の憲法も参考にしたので、憲法草案には私たちの考え方だけじゃなくて、世界中の人の考え方が入っています。日本の憲法研究会も随分良い草案をケーディスさんに渡したし、社会党もすごく良い草案を作りました。それは運営委員会がよく知っていましたので、日本の考え方が入っていないということはなく、ちゃんと入っています。 

K 1週間という作業時間は短かかったのでは
1週間、朝から晩までやりましたけれども、時間的には十分だと思っています。
その憲法が今まで改正されなかったのは、本当に日本の国に合うものだったからで、1週間で作った憲法は良い憲法だったと思います。 

(この記事をもって「憲法制定のころ」を終わります)

  ※この記事は下記のインターネット記事から抜粋・要約・編集しました。

20000502日 参議院第147回国会 憲法調査会議事録 第7